美しい庭のひみつ

現在、弊社で解体移築をすすめているO邸には美しい庭があります。


屋敷の奥には光るような苔庭が観賞用に育てられ、子供たちは庭に立ち入ることすら出来なかったそうです。その横には美しい藤棚、前庭には立派な枝垂れ桜もあります。冬には、枝が折れないように縄で雪つりをして庭の苔や樹木を守ったそうです。
 

エピソードを書きますね。

 

戦国時代、こちらの小笠原家の初代は、兄と共に同族の三好氏を頼り京都へのぼりますが、摂津国芥川城で厚遇され客将としてしばらく過ごします。その間、兄は将軍足利義輝(義昭の兄)の弓矢、騎馬の師範となり、弓矢の名家として活躍しています。
 当時、三好氏一党は平安時代からの藤の名所として名高い野田付近(ノダフジの名前の由来にもなる)支配しており、信長の軍勢と対峙していました。
この頃の戦国武将は戦いに明け暮れる傍ら、藤の花見に興じる風流な一面もあります。

三好長逸、三好長慶、三好笑岩、松永弾正などの武将の藤の花を詠んだ歌が多数残っています。
 茶道、生花、能楽と日本文化が大成された時代でもあり、作庭技術も画期を迎えます。
庭園様式で築かれた庭を眺めながら菓子とお抹茶を味わう文化は安土桃山時代の武家にあってはたしなみでもありました。
 その華やかな文化の中心にいた初代当主は、その後 新潟へ戻ります。そして、この美しい庭を作ったのではないでしょうか。ノダフジの藤棚と輝く苔庭は代々の当主が大切に手入れを続け守ってきたのだと思います。
小笠原家の奥座敷の窓から見える苔庭、藤棚、まるで額に飾られた美しい絵のようでした。枝垂れ桜も美しくて有名だったそうです。この特別な歴史をもった屋敷は、地域のなかでも特別な存在であったようです。
解体移築に携わることができて、改めて感謝しております。